しかたがないから、とりあえず





 全く、こんな時に限ってあの人は居ない。
 今回ばかりはわざとではないと判っていても、あの笑顔がしてやったりと自分を見ているようで腹が立つ。
 そもそも課長に急に呼ばれて一緒に出かけることになったからって、何も書類の山俺に押し付けていくことはないだろ!?
 …やりかけだって言っていたが絶対、嘘だ。まったくの手付かずだ、あれは!
 思考と連動するように乱暴に扉を開ける。
 予想通りの顔が並んでいることに、判っていても思わず目が据わった。
 
「…だから何でお前らがここにいるんだ!」
 
 取調室に客だと言われたときから、嫌な予感はしてたんだ。
 よりにもよって、氷室さんが不在な時にお荷物が二人も来やがって。
「よ、3号」
「3号言うなチンピラ!」
「…やっぱり」
「やっぱり言うな!」
 へらへら笑って椅子を揺らしてるチンピラと、あからさまに肩を落とした探偵が、いつもの位置で俺の神経を逆なでしてくる。
 …いつもの、ってところがまた腹が立つ。
「残念だな! 氷室さんは外出中だ。何聞いたって教えてやらんからさっさと帰れ!」
「……その言い方だと俺が情報取りにしか来てないみたいじゃないか」
「事実その通りだろうが!」
 おかげで俺がどれだけ苦労してると思ってるんだ!
 探偵をにらみつけると、奴は俺に目を流して、それから諦めたように深々とため息を吐きやがった。
「今日は来たくて来たわけじゃないって」
「じゃあどうしてこんなとこに居るんだ!」
「ほらこれ」
 ため息と共に、目の前に放り出されたのはぼろくさい小物入れが一つ。
 ……。
 ………。
「…なんだこれは」
「落とし物だな」
「そこで拾ってん」
「落とし物って普通、警察に届けるだろ?」


 ……。
 …こいつの普段の行動を考えれば、確実に落とし物なら拾って持ち主に返そうとするだろう。
 それならば警察に。確かに正しい。
 …正しいが。
「なんで落とし物届けに来たぐらいで取調室にまで入ってきてるんだお前らはぁっ!」
 そんなの担当者がいるだろうが!
 ぼろっちい小物入れを挟んで見合っている探偵の顔つきが、少しだけ不機嫌そうになる。
「お前を呼んできますねって無理やり通されたんだよ! お前こそいいかげんあの誤解解いとけ!」
 ……ああもう! ここの奴等は揃いも揃って頭の中身が晴れマークばかりなのか!?
 いい加減気付けよ、ケンカばっかりしてる俺たちのどこが仲よさそうに見えるんだ!!
「解ければ苦労せんわぁっ! 署内中広まってる噂にどう収集つけろって言うんだ!」
 ヤケになって勢いに任せてそう叫ぶと、探偵がぽかんと口を開けて沈黙した。
 …何だいきなり。
「……署内中?」
 ……ああ、そうか。
 こいつはたまに来るだけだから、知らなくて当たり前だな。
「……署内中だ」
 言い捨ててやると、珍しくやつの眉間に皺が寄った。
 
 
 こいつが大堂寺の事件を片付けた直後ごろだったか。交通課の女たちがぞろぞろ徒党を組んで、受付あたりでたむろしてたことがある。
 …なんだこいつら、と睨み付けそうになって、慌てて目をそらした。
 交通課のやつにはほとんど面識もないし、女の集団ってのは見てると頭が痛くなる。それに集団になった女ってのは、強い。
 被害に遭わないよう、早々に逃げた方がいいと脇をすりぬけようとして。
「あっ! 森川さんっ!!」
 …名前を呼ばれて、捕まった。
 
 
「その後延々延々お前のことを問い詰められつづけた俺の気持ちが分かるか!?」
「……」
「恭ちゃん意外とモテるんやな〜」
「意外とって…多分、珍しがられてるだけだと思うけど…」
「なんだか知らんが、やれ友達だったら紹介しろだの、彼女は居るのかだの家はどこかだの! なんで俺がお前のプライベートまで知ってなきゃならないんだ!」
「お、お前の都合なんてそれこそ知るか! 大体なんでそれで署内中だって判るんだよ!」
「交通課とうちの課は一番離れてるんだよ!」
「そんなのお互い友達でも居れば話のネタぐらいになるだろ! お前友達居ないから判らないかもしれないけどな!」
「余計なこと言うなあっ!」
「本当のことだろ!」
「決め付けるな! 俺の交友関係なんか知りもしないくせに偉そうなこと言うなって言ってるんだ!」
「知らなくても判るさ! いつだか友達いないだろって言ったとき詰まったの誰だよ!」
「本当に友達居なさそうならお前と友達だって噂も立つ前に消えるだろうが!」
「それは火種があったからだろ! 唯一の友達とか思われてんじゃ……って……言っててホントに嫌になってきた…」
「嫌なら言うなあっ!」
「だから早く誤解を解けって言ってるだろ!」
「お前がしょっちゅうここに来るようにならなけりゃそんな誤解なんてそもそも生まれなかったんだよ!」
 それはいつものやり取りで。
 目の前の相手にだけ集中していて、他に気を払う余裕が無かったのは確かだ。
 
「楽しそうだなあ」
「でしょ?」
 
 
「「楽しくなんてないっ!」」
 
 
 …だからといって。
 横やりに奴と同じ反応をしなくてもいいだろう、俺…。
 
 
 探偵も目を見開いていて、さっきまであったぴりぴりした空気がすっと霧散してしまう。
 油の切れたロボットみたいにぎしぎしと横を向いたら、チンピラに火をもらって満足そうにタバコ吸ってる、やっぱり予想通りの。
「ひ、氷室さんっ!」
 先に探偵が声を上げた。
「いつからいたんですか…」
 俺が続けて言葉を投げると、氷室さんはふっと唇を歪める。
「んー、交通課の子たちに森川が絡まれたーってあたりからかなあ」
「かなり前じゃないですか!! 声掛けてくださいよ!」
 ほとんど言い合いの始まりぐらいじゃないか!
「いや、楽しそうだから邪魔しちゃ悪いなあと思って」
「邪魔してください、お願いですから!」
 …なんでこの人はいつもこうなんだ。
 探偵は探偵で、チンピラに向かって呑気な口調で話し掛けてるし。
「お前も氷室さんに気付いてたんだったら止めろよ」
「ああなった恭ちゃんと3号、オレ止められへんもーん」
「…止められないんじゃなくて、面白がってるだけじゃないのか?」
「あ、バレた?」
 …こいつも!
 
「……で?」
 
 思わず食って掛かろうとしたところで、またも氷室さんが呑気に場を切り崩す。
 …毎度毎度思うことだが、どうしてこう人が脱力する瞬間を狙えるんだろうな…。
「あ…と。落し物拾ったら、森川呼びますって受付の人が言って、こいつが本当に来たんです」
「俺のせいみたいに言うなああっ! 俺だって忙しいんだ!」
「その落し物って?」
「あ。これなんですが」
「無視するなぁっ、探偵!」
「うるさいなあもう…」
 誰がうるさくさせてるんだ!

「あ。これ、俺の」


 ……。

 ………。

 …………。


 いやあどこで落としたのかと思ってたんだよなあ、娘にもらったものだから無くしたってバレたら困るんだ、中には小銭が入ってるんだとか氷室さんがなんだか言ってた気がするけど、俺は全く耳に入っていなかった。
 これだけ…これだけ大騒ぎしといて、はい氷室さんのものでしたで終わりかよ!?


 どうしていいか分からない怒りに震えてると、小物入れを仕舞い込みながら氷室さんが呑気な声を上げた。


「あー森川。あの書類終わったかー?」
「終わるわけないでしょう! 氷室さんが出てってすぐ、こいつらが入ってきたんですから!」

 半ばやけになってそう叫べば、氷室さんは立ったまま煙草の灰を取調室の灰皿に押しつけた。

「課長があの書類、今日の3時までに欲しいって言ってたから」




 ……3時?
 3時って…今は……。




「ってもう1時半じゃないですかあああぁっ!!」
「そう」
「そう、って……もともと氷室さんの書類でしょうあれ!」
「俺、これからこの落し物の手続き行ってくるから。じゃ、よろしく〜」
「じゃあな、森川」
「ほなな〜」

「ちょ、ちょっとお前ら! 待て! 待てというのに!!」





 ばたん!




 取調室に、氷室さんの残した煙だけが残される。


 あんなの絶対口実だ。
 警察の手続きなんて必要無いじゃないか!
 書類作成が面倒で逃げ出したに決まってる!



 …ああもう。
 判ったよ、俺がやればいいんだろ!?





 どう考えても時間までに終わりそうも無い書類の山を思い返して、俺は深く深く深くため息をつく。








 ……絶対。


 絶対俺が、こんな組織かえてやるからなああっ!!











――――End.

 
半周年リクエスト企画で、「遠羽署でのいつものやりとり、ギャグで」とのリクエストを受けて書いたものです。
基本ネタすぎて捻りも何も引き出せなかったのが唯一の心残りです。このノリは原作には適わない。


以下、掲載時コメントです〜。


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…基本を書いてみました。ひねりも何も無くてゴメンナサイ。
恭ちゃんと森川の言い合いや、森川が氷室さんにからかわれている様を書きたかったのですよ。

楽しかったですー。
リクエストありがとうございました!!