とりちがい 別に用事があって、とおば東通りを歩いていたわけじゃない。 だから…ふらふらと歩くその姿を見かけたのは、本当に偶然だったと思いたい。 …いつもの様子とはすっかり違うその姿を、出来るなら。 本当に出来るなら、見なかった振りをしたかった。 したかったけれど。 「何してるんだおまえはああぁっ!!」 店先の、甘ったるい菓子屋のよく見る幼女人形にしがみついてるのは。 「あ、もりかわー」 「大声で名前を呼ぶな、この馬鹿探偵っ!」 …認めたくないが。 ものすごく認めたくないが。 …俺達がものすごく危険視してる、最重要人物だ。 見なかった振りして横を通りすぎたいのはやまやまだったが、この状態のこいつをここに残して行くのはなんとなく危険な気がする。 勢いで声をかけてしまったこともあって、今更無視できないし…。 …それに正直、子供の背丈ほどの人形にしがみついている成人男、というのが嫌だ…。 視界に入らなくても、早く何とかしたい。絶対に何とかしたい。 「お前それどうする気だ!」 「んー…もって帰るー」 「…持って帰るってお前…警察の目の前で窃盗とはいい度胸だな。いいから置いて帰れ」 「もりかわー、てつだってー」 「手伝うかっ!」 だっこちゃんよろしく人形にしがみついてる探偵を、無理矢理引き剥がそうと腕を引っ張ってみる。 ……は、剥がれん……。 「離せって!」 「いやだー」 「いやだじゃあるかっ! いいからは、な、れ、ろって!」 ……びくともしない。 こいつのどこにこんな力があるんだ! 間違いなく酔っ払いだってのに!! ……そうだ。 そもそも保護者はなにをしてるんだ!? 「チンピラはどうした!」 「……きんぴら? お前きんぴら食いたいのか?」 …駄目だ、埒があかん。 「おい探偵、電話よこせ!」 「あ、もりかわー。返せよー」 「用事が済んだら返すわっ! だからいい加減大声で名前呼ぶのやめろ!」 全く! …酔っぱらって前後不覚になるにも程があるだろう! そのぐらいセーブできんのか! ああもう、大体お前がちゃんとこいつを見とらんから! 発信履歴の一番上にあった白石哲平の文字に向かっておもいきり毒づきながら、半ばヤケクソに通話ボタンを押す。 『おかけになった電話は、電波の届かないところに……』 「チンピラーっっ!!」 思わず受話器に向かって怒鳴りつける。 なんでこんな時に限ってこいつは出ないんだ! いつもは頼みもしないくせに沸いて出るくせに!! 「てっぺいなら、さいきんよるは、でないぞー」 「なんでだ! 夜に活動してるようなもんだろあいつは!」 「傷が」 ……ああ、そうか。 あいつは最近退院したばかりだったな。 「そういうことは早く言えっ!」 「聞かなかっただろー」 「聞いただろ!」 ああもう!! ここでまた酔っ払い特有の言い合いだし! 大体、何で俺が探偵相手にここまで付き合わなければならん!? 「なあー。もりかわー」 「何だっ!」 「これ持って帰るから手伝ってー」 ……ループしてるじゃないか!! ああもう、こいつもこいつだ。 噂程度に酔ったら別人だと聞いてはいたが、ここまで変貌することはないだろう!? ああもう、ムカつくやつだなホントに! こんな奴等に俺たちは振り回されてるのかよ! 「手伝わんと言ってるだろう! 大体何でそんなもんが欲しいんだ!?」 「んー……」 思わず勢いで言ってしまった言葉に、探偵は緩んだ顔を引き締めて考え込んだ。 ……いや。 別にいいんだ、そんな真剣に考えなくても。 どうせ今のお前相手に、まともな答えなんて期待してないんだから。 勢いで聞いただけ……いや、だから悪かった。聞いた俺が悪かったから。認めるから。 だから頼むから人形と見詰め合って真剣に考え事をするなああっ! 「……」 「探偵、おい!」 「…………」 「探偵っ!!」 もう頼むから帰らせてくれ…。 思いながら奴の肩を引っ張って腕を取ると、不意に探偵がこっちに向いて、真剣な顔を崩してふっ、と笑った。 ……う。 強烈に嫌な予感が…。 「……まどかちゃんに似てるから?」 「似とらんわああああっ!!」 耐え切れず絶叫する。 あの子供とこの人形のどこに共通点があるんだ!? 身長ぐらいだろうが! 「うるさいぞお前ら! 何時だと思ってるんだ!」 ……不意に商店街の端の方から、大声が届く。 ……そう言えば。いたよな、この辺りには。 店の二階を住居にして一階で店をやっているような店主が。 非常に認めたくはないが。 ……今の俺達、明らかに……騒音公害だ。 「ああああ! もう! だから言わないことじゃない! ほら、行くぞ探偵!」 「えー」 「うるさい! しのごの言わずに早く立て!」 なんとか人形から探偵を引き剥がして、引きずるようにして歩く。 「もりかわー。どこいくんだ?」 「お、ま、え、の、い、え、だっ! 頼むから名前を連呼するな!」 「あれ、持って帰りたいんだけど…」 「うるさい! そんなにもって帰りたいなら明日チンピラにでも手伝ってもらえっ!」 「……わかった…」 ……いや、分かられても困るんだが。 人形を名残惜しそうに振りかえる探偵を、やつのアパートまで引きずっていく。 ここまで来ただけで出血大サービスだ。 いい加減面倒くさくなってきたから、エレベータに押し込んで、奴の部屋がある階のボタンを押す。 ドアが閉まる前に滑り出て、小声で念押しした。 「いいか! もうぐずってないで部屋に戻ってとっとと寝ろよ!?」 探偵からの返事はなかった。 壁に寄りかかってふらふらしている探偵と俺の間を遮るように、空気音を立てて扉が閉まっていく。 「もりかわー。またなー」 「……今のお前には二度と会いたくない…」 ひらひらと手を振った探偵が、完全に視界から消えて。 俺は思わず大きくため息を吐いていた。 道路まで出て、アパートを振り返る。 部屋の位置まで知るわけも無いから(威は当然知っているのだろうが)奴が部屋に帰ったかどうかまでは判らんが、そこまで面倒見きれるか。 あの公害が町中から消えただけで充分だ。 「……ったく……」 帰って寝るだけの時間だったのに、余計なことばかりして疲労三倍増しだ。 ……早く寝よう…。 最後に一睨みして、俺は足音荒くその場を後にした。 …二日後。 「……何の真似だ」 「……いや…何となくなんだけどさ……」 わざわざ署まで来た探偵が、何やら包みを持っている。 ……二日前の礼とか言うんじゃないだろうな。 いや、こいつは大抵酔ってる間のことを覚えてないとか言うから、違う。 大体こいつが礼なんか言いに来るか。しかも、俺に。 「お前に約束したような気がするんだよな、だからとりあえず」 「だから、なんだよ!?」 探偵はそこで無言で包みを解いた。 中から、タッパみたいなのが出てくる。 蓋を開けると、醤油のいい香りが……って、おい。 「……きんぴらなんだけど」 ぶち。 「……いらんわあああっ!!」 ……その後。 きんぴら差し入れた奴と差し入れられた俺との噂がどう変化したのか。 ……そんなの。 知りたくも無い。 ――――End.
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半周年リクエスト企画で、「幼女人形を拉致しようとしている恭介と目撃者森川」とのリクエストを受けて書いたものです。 ギャグってことで、自分のテンションをひたすら上げて書いたのを覚えてます。リクエストだけではオチが思いつかなかったので追加効果「とりちがい」。チンピラとキンピラもですが、幼女人形とまどかちゃんもとりちがってます。 以下、掲載時コメントです〜。 --------------------------------------------------------------- ギャグって難しいですねえ…。 難しいです。 書こうとするとどうしても森川が不幸に……ご、ごめん。 元々ギャグ畑の人間じゃないので、この辺りでご勘弁くださいませ…(涙)。 脳内かなりイっちゃってます。 ギャ、ギャグの勉強しよう……(悲壮な決意)。 リクエスト、ありがとうございました!! |