捨てた空缶





 彼女は飲み終えたジュースの空缶を、目の前のアスファルトへと転がした。
 そのまま、つまらなそうに靴先で蹴飛ばす。
 
 あれから、以前の溜まり場のコンビニには行かなくなった。
 気にしてるわけではないけれど、踏み込めない自分がいることを、彼女自身判っている。
 代わりに足を運ぶのは、めっきり人の減ってしまった煤けた街角。
 
 引きずる傷のようなものは、ずっと付きまとうのかもしれないということも。
 判ってはいる。
 
 振り切るにはもうちょっと時間が要るのかもしれない。
 そう思った時、不意に目の前の路地から初老の男が飛び出してきた。
 
「睦美!」
 
 男が上げた吠えるような大声に、彼女は首を竦める。
 転がっていた空缶も、驚いたように勢いを弱めて止まった。
「しつけーんだよ!」
 叫び返して、彼女は走り出す。
 追いかけようとした男は不意に立ち止まり、その空缶を拾い上げた。
 
「睦美、待たんか! ゴミはゴミ箱だ!」
 
 彼女の残した空缶を持ったまま、男はまた追いかけて走り出す。
 
 
 
 捨てた空缶は、もう音を立てない。
 振り回して追いかけてくる男を肩越しに振り返って、彼女はほんの少しだけ口の端を上げて。
「お前はおれのおやじかってーの!」
 言い捨てて全力で、走り出した。








――――End.

 
伊佐山さん初めて書いたんですが、微妙に口調が間違っている……。
ごめんなさい、せっかくなのでそのままにしてみました。当時の臨場感を味わってください。

と、いいますのも…9/30に一日語りをした時に作ったうちの2本目なのです。
以下、掲載時のコメント。

気付かれてるかもしれませんが、今回の小説は普段書かないあたりをチョイスして書いてます。
というわけで睦美ちゃんと伊佐山さん。
睦美ちゃんにとって、伊佐山さんをある意味お父さんのように思ってるといいなあ。
と、思いながら書きました。妄想すいません。
 
一人称にも三人称にもし辛くて、二人称にしちゃったです…。
読みにくかったらごめんなさい。