悲鳴と、怒号と、それから土埃。 ぎょうさん転がる、バカの群れ。 見えとる世界はぐらぐらするけど。 偉う吐き気のする、これは。 殴られたせいでも、立ちまわったせいでものうて。 胸のど真ん中に空いた穴、埋めるみたいに。 周りの人間全部殴りつづける自分が、どっか、情けないから。 君呼ばう声 気持ちええ音がして、最後の一人がぶっ倒れた。 「……しまいか?」 蹴っ飛ばした足ぶらぶらさせながら言うたら、すっかり血の気失うた相手がびびった目でこっち見よる。 「…っわああ!」 情けない声あげながらそのまま逃げよって、気ぃついたら周りにぶっ倒れとったバカどももいつのまにかおらへんかった。 ここいらへんも、腑抜けたやつらが増えよったな。 腹立って地面を蹴飛ばしたら、埃が立ってぎょうさんある足跡がいくらか消えた。 ケンカは好きや。 相手ふっとばすと気持ちええし。 がーって上がった熱、冷ましながら暴れんのもすーっとする。 …けど。 ちょお赤くなった手、見ると。 さっきまで暴れとった自分思い返して、憂鬱になるオレもおる。 ただ、暴れとおて。 ただ、ソレだけのために人ぶん殴って。 抜き身の剣みたいや。 近づくもん、全部ぶったぎらんと気が済まん。 そんな自分が、好きやない。…いや、嫌いや。 地面に小さく残る、血ぃと後悔。 振りほどくように、ぼろぼろの壁に拳叩きつけた。 面白いほど派手な音と、がたがた落ちる、埃と壁のかけらと。 見ながら笑うた。 カラカラの喉から声しぼりだして、笑うた。 「………っ!」 ……? なん、や? なんかに背中から呼ばれた気ぃして、オレは笑うのやめて振りかえる。 なあんも、おらん。 誰も、おらん。 ただ埃臭い空気と、見なれた薄汚い路地裏が広がるだけで。 …誰も。 「…っぺい!」 ………おらん。 「哲平っ!」 「っ!」 カラダから急に力抜けて、気づいたら仰向けに寝とった。 覆い被さるようにオレの肩持って、どっかせっぱつまった顔で覗きこむ、見なれた顔。 「……きょお、ちゃん…?」 「早く起きろって! やばいよ、寝過ごした! 早く成美さんとこ行かないと!」 「……ねーさん……」 まだよぉ回らん頭、頑張って動かして、なんで恭介があせっとんのか考える。 えっと。 昨日はどないしたんやっけ。 あー、……恭ちゃんより遅う起きるなんて不覚もええとこや。 ……あの夢、見たせいや。 「哲平! まだボケてんのか?」 もう一度呼ばれて、何度かまばたきして周り見る。 なんか偉う明るい。 陽、大分上がってんねやろな。 あれ……ここ、オレの部屋ちゃうやん。 恭ちゃんの家や。 何で…。 ……。 ………。 「だあーーっ!」 思い出した! 今日恭ちゃん休みなん知ったねーさん命令で、店の在庫整理と掃除とそれからもろもろ頼まれとるんやった! しかも朝から! 「やば……やばいやろ恭ちゃん! 今何時やねん!」 「もうとっくに昼だよっ! 二人もいてなんで目覚ましに気づかないんだ!」 「なんでオレに当たんねん! だいたい恭ちゃん目覚ましセットしたんか?」 「俺のせいかよ! と、とにかく急げ哲平!」 大慌てで着替えて代わりばんこに洗面所つこうて、飯も食わんと恭介んちを飛び出る。 「大体、お互い逃げられないように俺の家泊まり込もうって言ったのお前だろ! なんで起きないんだよ!」 「んなこと言うたかて起きられんかったもんはしゃあないやろ!」 お互い、どっちも悪うないってわかっとっても、責任を押しつけあってまう。 ねーさん、怒ったらホンマ怖いし。 頼むから二日酔いでもなんでもええから寝とってくれ思いつつ、オレ達は走った。 ……そしてその願いはぜんぜんとどかへんかった。 「……はぁ…」 「なぁにため息ついてんのよ! アタシと一緒に飲めるなんて光栄でしょお〜!」 恭ちゃんがこっそりついたため息に、鋭い反応返したねーさんはコップを振りまわして叫び出した。 「す、すみません成美さん! 光栄ですっ! 光栄ですからコップ下ろして!」 「なっ、成美さん。お代わり入れますから、グラス下げさせていただいていいですよね?」 あわてて恭ちゃんとマスターが二人がかりでなだめにかかる。 結局、店に着いたらねーさん、般若みたいな顔で仁王立ちしとって。 焦ってめっちゃ急いで頼まれたこと全て終わらせたんはもう7時をまわっとった。 当然のごとく、お供を言いつけられたのはスピリット。何だかんだ言うてちゃんと片付けたんがまあ良かったんか、飲み始めたときは上機嫌やってんけど、結局いつものパターンに落ちつきそうや。 ……恭ちゃん、また記憶飛ぶまで飲まされるんかいなー…。 「哲平、少し代わってくれよ…」 悲痛な面持ちで、右隣に座ってた恭ちゃんがオレの右腕つついてきた。 その更に向こうでは、お代わりをもろうたねーさんが上機嫌で酒を煽っとる。 「隣に座ったもん負けー」 「薄情者っ!」 情けない顔になる恭ちゃんを見て、オレは喉の奥で笑いを噛み殺した。 右手で持った、ドライマティーニのグラス。 グラスから冷気が指の先、それからてのひら伝わる。 今朝見た、夢ん中で。 赤う染まっとった拳の先、今は全然なんともない。 …当たり前や、夢やもんな。 もう、ずいぶん昔、日常のようにあったことやけど。 もうずっと、見ようた夢やけど。 誰かが呼ぶんを聞いたんは、今日が初めてや。 「1ごーお! のんでるの!? なによぉぼーっとしてぇ!」 悲鳴のような怒号に、本気でぼーっとしとったオレはずるずる引き戻される。 ……ねーさんは、珍しゅうオレが感傷に浸っとっても、ぜーんぜんお構いなしなんやな…。 恭介に視線を流せば、少し申し訳なさそうな顔でこっち見た。 …オレがぼっとしてんの見て、止めてくれとったんやろな。 「はいはい、飲んでますよー」 感謝に小さく笑って酒を飲み干すと、マスターにグラスを渡してお代わり頼んで、ねーさんの右隣へ移動する。 ねーさんを恭介と二人で挟む形になって、すぐに出てきたドライマティーニのグラス受け取った。 「よっしゃ、今日は飲みましょうやねーさん」 「えっ!?」 「よおーし、よく言った! 飲むわよぉ!」 拳振りまわして喜ぶねーさんと。 焦って慌ててる恭介と。 …なんや、無性にハイテンションなオレ。 「……哲平」 ねーさんごし、気遣うような視線投げてくる恭介に、オレは笑い返してグラスを持ち上げた。 少し目を見開いた恭介が、諦めたようにため息一つついて、自分のグラス取り上げる。 涼しそぉな音立てて、乾杯の音が響いて。 そこにねーさんが「アタシも!」って半分ぐらいになったサンセットのグラス押しつけて。 そっから、もうわやくちゃの大宴会。 ……昔のオレは、てんでガキで。 ケンカ好きで。強けりゃそれが偉い思うてて。 他人を守るんも、自分を守るんも、相手ぶっ飛ばすしかない思うとった。 ただ殴って、すっとして、そこで後悔して。 ヘドロみたいに積み重なったヤな思い、底にどっぷり抱えたままで。 それ洗い流す方法、全然知らんかった。 自分を救い上げる方法も、ヘドロ溜めへん方法も、誰も教えてくれんかった。 「てっぺー! のめー!」 「……哲平。後、頼んだからな」 あまりにもらしい二人の言葉に、笑うた。 夢ん中みたいに喉カラカラの笑いやのうて。 めっちゃ楽しゅうて、自然にこみ上げるように。 「任しとけ」 返した言葉に戻る二つの笑顔で、身体に空いた穴は簡単に埋まってもうた。 ああ、こんな簡単なことでええんや。 オレが人ぶん殴って、溜まってくヘドロと引き換えに無理矢理埋めてた穴。 たった一言…いや、ほんのちょっとの笑みで埋められた。 「……ホンマに」 そう、任しとけや。 …埋めてくれた穴の分、オレは返すで。 借りっぱなしは癪やから。 二人のどっかに空いてるかもしれん、その穴を。 オレがちぃとでも、埋められるように。 オレがちぃとでも、守れるように。 ――――End.
|
|
「ケンカばかりしてた哲平」……が、3話プレイしてたら無性に書きたくなりました。 なんでケンカすんだろう? っていつも思うんですよね私。ケンカって何が楽しいんだろ。すっとするの? うーん。 いろいろ考えた結果、ありがちなネタに落ちついてしまいました。 時間軸は2話前後ですが、どこにはめても違和感ないように頑張りました。 MPで創作するときは、時間軸きっちり決めた方が本当はいいと思うんですが、何となくぼんやりと読めるようなそういう不思議な小説書く人が一人ぐらいいてもいいじゃんと開き直り。 ………だめですか、やっぱ(がく)。 ……ていうか女性向部屋のネタとやや展開が被ってるのは見逃してください……。 あっちの作品の、哲平バージョンみたいな感じです。こっちはノーマルですが。 うう…しかし哲平一人称、難しかったです。 死にそう。 ごめんなさい関西弁、間違ってたら教えてくださいホントに(泣)。 |