雲の彼方  <2月9日>





 その突飛な知らせは、朝一番、恭介の携帯電話へと滑りこんできた。
 
 
 
 
『お前さんの友達の高校生。…名前何だっけ』
「……はい?」
 まだ半分覚醒していない頭を総動員して、恭介は受話器を当てた右耳に神経を集中する。
 目覚ましが鳴る直前に電話で恭介を叩き起こしたのは氷室だった。相手が相手なだけに慌てて電話に出ると、のんびりした口調で突拍子もない台詞を吐く。
 昨日から変な電話ばかり来るなあとどうでもいいことを考えつつ、恭介は尋ねられた内容を頭の中で租借した。
『あのほら、破壊的な味の料理作る』
「………」
 二度聞くまでも無く、思い当たる相手は一人しか居ない。
「…奈々子が、何か?」
『苗字は鴨居?』
「そう、ですけど…」
 そうか、と呟いて電話の向こうが一瞬黙り込んだ。
「奈々子がどうかしたんですか?」
『…いや……』
 珍しく歯切れ悪く言葉を濁す氷室の声には、苦悩ではなく笑いがにじみ出ている。
「…氷室さん?」
 不審そうに名を読んだ恭介に、電話の向こうで悪い、と謝ったその声からも、まだ笑いが抜けきっていなかった。
『その子、印鑑と学生証持って来るように伝えてくれる? すぐじゃなくていいから』
「……印鑑と学生証……」
 思わず台詞を反芻する。
 奈々子と、印鑑と、学生証と、警察。
 普段なら全く繋がらない糸が頭の中で不意に結ばれて、恭介はあまりのことに思わず叫んだ。
「まさか進路調査票が警察に届けられてるんですか!?」
 それは朝から上げるには余りに頭の痛い悲鳴だった。
『そう。頼んだから。あ、お前さんも一緒に来て』
「何で俺が一緒に行かなきゃならないんですか!」
『や、保護者は必要だし』
「奈々子に限って、でしょう!」
『んー、おじさん、あの子と会話する自信ないんだよねえ』
「俺だってありませんよ!」
 逃げようとしている氷室を悟って、恭介は必死で引きとめる。
 苦笑気味の電話の声が、ふとトーンを変えた。
『ま……お前さんも興味あるだろうし、お嬢ちゃんの進路調査落ちてた場所』
「……? 氷室さん…?」
『もう学校始まってるだろ。夕方、あの子つかまって時間取れたら一度電話して』
 波が引くように静かになった氷室の声に、恭介も否定の言葉を投げるのを止める。
「…わかりました」
 不承不承肯定した声に、氷室の苦笑がかぶさった。
 待ってるからとの言葉に、待たなくていいですと即座に返して通話を切る。
 パソコンを立ち上げて奈々子のメールアドレスを呼び出し、送信ウィンドウを開くその指先を恭介はふと止めた。
「締め切り、今日だって言ってたよな…」
 昨日の一大騒動を思い返して頭が痛むのを押さえつつ、氷室に言われたそのままを書き記す。もしかしたらいらないから捨てといてと言われるかもという危惧を持ちながらも、三度ほど読み返して送信した。
「…でも、なんで警察にそんなものが届いてるんだ…?」
 
 
 
 
 奈々子にメールを入れ終えてから事務所に顔を出すと、沈んだ様子の京香がデスクに座ってぼんやりと電話を眺めていた。
「おはようございます」
「あ! お、おはよう真神くん」
 一瞬明るくなった表情が、恭介を認めてやや曇る。
 理由に思い至った恭介が、微かに眉を寄せてソファを見やった。
 今日も、そこに主の姿は無い。
「…所長……まだなんですか?」
「うん…」
 毎日夜に連絡は入るんだけど、と呟いて、京香は沈黙した。
 誠司が失踪していた頃のことを思い返しているのだろう。机の上で組まれた手に力がこもるのが見た目で分かる。
「昨日は、何て言ってました?」
「……真神くんに」
「え?」
「真神くんが出てきたら、携帯に連絡するように伝えろって、それだけ」
「…俺?」
 なんだか今日は電話づいてるな、と思いつつ、恭介はポケットから電話を探り出す。
 失礼します、と京香に断ってからメモリーから誠司の番号を呼び出して耳に当てると、心細い呼び出し音が耳を突いた。
 4回目のコールで、相手が電話に出る。
『…おう、おはようさん』
「おはようじゃないですよ所長。どこにいるんですか。京香さんも心配して……」
『あー、分かった分かった。説教は後で聞くって京香にも言っといてくれ』
 どうやら昨晩も大分絞られたらしい誠司が、大仰なため息を送ってくる。
『それより頼まれてくれねえか? 探し物があるんだが』
「…探し物ですか」
 とりあえず用件を先に聞かなければ話が進まないと判断して、恭介は台詞を繰り返して先を促す。誠司はああ、と返して、わずか沈黙を落とした後で先を続けた。
『あのな、紙切れなんだけど。B5サイズで』
「それだけじゃ分からないですよ。具体的に何かないんですか、書かれてることとか」
『えーとなあ…お前さんの友達の名前』
「………」
 恭介は思わず耳から携帯電話を外して、眼前にかざしまじまじと見据える。ディスプレイは誠司の名前をしっかり映し出しており、通話中ときちんと表示されていた。
 その事実を目の当たりにしても、電話の相手が探しているものが「それ」しか思いつかない事実に頭が痛い。
 デスクの向こうから京香が不審そうにこちらを見ているのは分かっていたけれど、受話器に向かって叫ばずにはいられなかった。
「奈々子の進路調査票がなんで所長に関係有るんですか!」
 氷室からの電話のときよりもよほど悲痛な声が、朝の事務所内に響き渡った。









 遠い記憶。薄れ行く悼みとただ叫ぶ声。
 取り戻したいと願うのは我侭であっても、せめて。
 この手に抱くこと叶わなかった幸せだけをどうか。
 祈らせてください。

 どこか冷たくてどこか儚くていずれ消え行く思いでも。
 水に浸した裸足の足先が凍えても。
 立ち尽くして夢を見て裏切られて多くを望んで。
 多くを、喪って。

 それでも前に向いて歩きつづける私をどうか。
 許してください。








「変な曲」
 淡々と流れ続けるその曲を聞いて、一言目の感想がそれ。
 一番も終わらないうちから、気に入らなかったらしく停止ボタンで強引に止めてしまった成美は、その曲の入ったCDを持ってきた人物に向かって呆れた視線を投げる。
「こういうの良くわかんないけど素人っぽい。曲とか変だし。歌詞も変だし。…それに陰気」
 ずばりと言い伏せると、す、と眉を寄せて不機嫌そうに腕組をした。
「アンタこれどうする気なの?」
「……」
 沈黙で答える相手にますます眉を寄せながら、成美はデッキからCDを取り出す。
「あたしに持って来たってことはなんか価値あるもんなわけ? 間違ってもそうは見えないけど」
 ただ首を振る。成美は珍しくため息をついた。
「はっきりしないわねえ。とにかくコレ返すから」
 プラスチックのこすれる音と共に、ケースがかちりと閉められた。
 CDの収められたケースごと机において滑らせると、それっきり興味を失ったようにふいときびすを返してしゃがみこむ。
 足元にすりつくように甘えてきているヘルシングを抱き上げると、黒猫は小さくにゃあ、と声を上げて首元に乗り上げた。
「…」
 CDを返された相手は、胸元にそれを押し抱いたままじっと黙っている。








 
 煙草の煙が充満して白く曇っているその室内に、唐突に歓声が上がった。
「よっしゃあ、ツモったあっ!」
 引いた牌と共に手持ちの牌を倒して披露しつつ、上がり役を読み上げていく。その役名に残る三人が悲鳴を上げた。
「だあ! マジかよ白石! てめーなんかいかさましてんじゃねえだろーな!」
「実力ですわ実力。ほな、約束ですからちゃーんと教えてくれはります?」
 牌をくるくる回しながらにやつく哲平は、強面三人目の前にしても全く臆した様子はない。
 相手もその性格を分かっているのだろう、言葉だけで文句を並べ立ててはいたが、乱暴に牌を混ぜながらしょうがねえなとぼやいた。
「昨日お前が言ってた噂の方は別になんも聞いてねえよ」
「俺も。ただ数見町ってのは最近聞いたなあ」
「ホンマですか!」
 予想外の収穫に目をむく哲平に、心当たりのなさそうだったもう一人がそういやアレか、と呟いた。
「あれ?」
「チャカ」
「……! んなもんがあんなとこに出回ってるんッスか!?」
 今そこに恭介が単身なれど乗りこんでいる事実を思い返して、自然口調も荒くなる。苦笑した一人が、立ちあがりかけた哲平を諌めた。
「落ち着けや白石。出回ってんじゃなくて落ちてたんだ」
「お、落ちてたあ!?」
 普通に人が生活している町に、銃が落ちていたというあまりに間抜けな事実に焦りも忘れてぽかんと口をあけると、一番負けの男が牌をまとめつつ投げやりに続ける。
「出所は洗ってる最中だけどな、黒い紙袋に入れて、ちょい入ったとこの路地に捨ててあったのを、ウチの下っ端が拾ってきて大騒ぎしたんだよ」
「なんでそんなとこにーさんとこの下っ端が?」
「あれ、聞いてねえか? お前情報早いからてっきり知ってると思ったんだけどよ。あっちのアパート荒らされたって話」
 不審そうに眉を寄せる哲平に、手際良く牌を固めて二段に乗せながら言葉を続ける。
「御隠居のお気に入りでお前の連れ……何つったっけ」
「恭介?」
「そうそう、そいつ。…あいつの知り合いの刑事いただろ。そいつの元居た部屋に誰か侵入った形跡があってな。その部屋自体は空き部屋なんだが、よりにもよって近所のマンションに兄貴の噂の愛人が居てなあ」
 それで調べさせられてるんだ、との投げやりな言葉。
 哲平は混乱する頭を必死で整理しようとする。
『そのコの実家とか、埋葬先とかを調べてるヤツがいるって』
 昨晩聞いた恵美の言葉。直接関わり合いがあるのだろうか。
 出てきた銃の存在といい、分からないことだらけだ。何も起こっていないのに、謎ばかりが増えていく。
(……アカン)
 考えるのは自分の仕事ではない。それは恭介の分野だ。自分はただ役割をこなせばいい。そして伝えて。
 ただそれだけを考えろ。
 目を閉じて何度も胸のうちで呟く。冷静になれ。
 焦って、拾える情報を見落とせば、恭介に負担をかけてしまう。
「さあて白石。もう一局付き合ってもらうぜ」
 言葉に顔を上げれば、既にすっかり整った雀卓。
 話しこんでいる間にいつのまにか作られたらしい。にやつく三人を相手に、目を丸くして雀卓を眺め渡した哲平は、すうと口の端を歪めて笑った。
「にーさん方、報酬まだもってはるんですか?」








 夕方。
 どうやら進路調査票自体は提出済みだった奈々子と、強引に連れてこられたらしい奏と連れ立って、厳しい道中を遠羽警察署までようやくやってきた恭介は、玄関に佇む警官を見て安心したようにため息をついた。
 もう要らない紙切れになったはずの調査票を奈々子が受け取る気になった経緯を聞いただけでぐったり来る。


「ねえねえ見習い! 取調室ってほんとにあのライトとか当てられたりするのかなあ」
「……取調室に放りこまれたりはしないって」
「えー! せっかくだから奈々子カツ丼とか食べたいのにー」
「だから取り調べられるんじゃないんだって! ただ落し物引き取りに行くだけなんだから。しかもカツ丼なんか出してくれないぞ」
 面白そうだから、という理由だけで行く気になった奈々子の中には、テレビの刑事ドラマを体験できるという好奇心しかないらしい。
 頭痛に頭を抱えながら署の近くまで辿りついて、二人を待たせて氷室に連絡を取ると、いつもの所用意しとくからと言われて通話がきられてしまった。
 そこで、課長に自分の正体がばれてしまったと悪戯げに笑う氷室を思い出して、恭介は再度頭を抱える。
 その自分が付き添うということは必然的にこうなってしまうと言うことを、すっかり失念していた。
「見習い、行かないの?」
「……良かったな奈々子」
「何言ってんの?」
 それだけをようやく搾り出して、恭介は再度足を機械的に動かしだした。






 結局、取調室に放りこまれたのは恭介だけだった。
 遺失物の担当者が奈々子と奏を連れて行ってしまい、その間に話すことがあると氷室に連れ出されたのだ。
「…女性でしたよね、担当者」
「ん?」
「……大丈夫かなあ」
「大丈夫だろ。…大丈夫じゃなかったら呼びに来るよう言ってあるし」
「そんな伝言しないでくださいっ!」
 力任せに言いきりつつ、恭介はもはや促されずとも定位置に座ってしまう。読めない笑みを浮かべながら、氷室も煙草に火をつけた。
「結論から言うとなあ。あれが落ちてたの、森川の部屋の近くなんだわ」
「えっ」
 恭介は息を呑む。
「おまえさん、あの辺で最近聞きこみやってるだろ。…聞かなかったか、噂」
「…昨日は、何も。今日になって、どうやら近所のアパートに空き巣が入ったらしいって話は聞きましたけど…森川の部屋、だったんですか」
「まあ、空き部屋だし、取られたもんは何も無いし。気づいたのは大家ぐらいなんだけどな」
 それで気味が悪いと警察に電話があり、もともとが自分たちの部下が引き起こした不手際が原因と言うことで、現場に向かったのが昨日の夜だと言う。
 場所が場所だけに気になった氷室が、今日の早朝、明るくなってから現場周囲を散歩と言う名目で歩き回って拾ってきたのが、件の進路調査票らしい。
「……いいんですか、返して」
「証拠じゃないし」
 ただ現場の近くで拾っただけだと飄々と言う氷室に、恭介は苦笑を向ける。
「…相変わらずですね」
「何が?」
「いえ」
 とぼけたまま、氷室が煙草を灰皿に押し付ける。ふ、と表情が変わって、唇の端を持ち上げると肘をついてまっすぐに恭介を見据えてきた。
「分かりそうか?」
「…意地が悪いですよ、氷室さん」
 悪戯を思いついたような目になる氷室に、先日聞いた「千切れた雲の行方」のことを言っているのだと瞬時に気づいた恭介が、小さく眉を寄せて拗ねたように呟いた。
「だっておじさんも知らないし」
「……やっぱり、知ってる振りして押しつけましたね」
「ちびちゃんに聞いたの?」
「そんなとこです」
 すぐに出ていった氷室が、会話の内容など知りようがない。先日京香からその旨を聞いて膨らんだ疑念が片付いて、恭介はやはりと息を吐く。
「どこまで知ってるんですか?」
「事件性なさそうって事と、ちびちゃんの動揺っぷりから何か知り合いが関わってるだろうってことぐらい」
「どうして事件性がないってわかるんですか?」
「…笑ってたから」
 誰が、と問おうとしてふと思い至る。ここで当てはまるのは高貴だけだ。
 笑いながら告げられたその言葉には、どちらかと言うと謎かけめいたものが含まれていたという。
「京香さんに聞かないと、分からないんでしょうか。…それと、所長」
「鳴海さんが何かしてるの?」
 問いかけに、恭介はどうやら高貴に面会に行っているらしいこと、奈々子の進路調査票を欲しがっていることを報告した。
 ふうん、と呟いた氷室が、もう一度煙草に手を伸ばす。
「じゃああれ、やっぱり重要証拠なのかなあ」
「…所長、明日の朝には戻ってくるって言ってましたから、明日所長に見せたらまた持ってきますよ。取り上げられなければ、ですけど」
「ん、鳴海さんが重要だって言ってたら持ってきて」
 無責任な台詞を投げつつ、氷室は二本目の煙草に火をつける。
「ちびちゃんの面会、かなり強引にねじ込んだんだけどなあ」
「さらに強引にねじ込んだんじゃないんですか。…方法は聞きたくありませんけど」
 緊張感のない会話が、煙草の灰と共に力無く落ちた。




 玄関まで戻ってくると、奈々子と奏は取り返した進路調査票を開いて首を傾げていた。
 丁寧に四つ折りにされていたそれは、少し埃を被って靴跡も見うけられる。本当に「落ちて」いたらしい。
「何やってるんだ?」
「あ、見習い。見て見てこれ」
「見覚えのない落書きが…」
 奏の台詞に慌てて進路調査票を受け取ると、名前の欄だと奏から付けたしが入る。
「…これ?」
 紙の上部にある奈々子の名前に重要そうに下線が引いてあり、ややいびつな二重丸で囲まれていた。
 瞬間、恭介の脳裏にストーカーの五文字がひらめくが、すぐに打ち消される。見た目は確かに可愛いところがあるかもしれないが、この性格でストーカーするほど好きになる男がいるとは信じがたかった。
 いや、信じたくないと言う方が正しいのかもしれない。
「…奈々子、これもらっていいか?」
「変なもの欲しがるんだね、見習い。別にあげてもいいけど、今度の日曜ランチ食べに来てよね。新作ランチ思いついたんだー」
「………考えとくよ」
 嫌とも言えない雰囲気にあいまいな言葉でごまかしつつ、恭介は進路調査票をポケットにしまいこんだ。
「お前そろそろバイトだろ。いったん家に帰るのか?」
「うん。じゃあ帰るねー。奏ちゃん、いこっ」
「あっ、あの……お騒がせしました」
 どう告げていいのか分からなかったのだろう。結局謝ることもお礼を言うこともせず、一言そう告げて奏は小さく頭を下げた。
 気持ちが痛いほどわかる恭介は、苦笑を浮かべてありがとう、と返す。
 取調室からは興味を失ってくれたらしい奈々子は、警察から「ちこくだー」と叫びながら走り出してしまった。奏も慌ててその後を追う。
「……奈々子の名前に二重丸、ねえ…」
 何となく不吉な予感にさいなまれた恭介は、ともすれば危険な方向へ走りそうになる思考を一次中断して遠羽警察署を後にした。
 頼むからストーカーでしたなんてオチはカンベンしてくれ、と、掠めた思考を否定しながら。











「……そかー。恭ちゃんも空き巣ネタは拾ってきとったんか」
 落ち合ったハードラックで情報交換をし終え、恵美を待ちながら哲平は手元の酒をあおる。恭介もジンライムの入ったグラスを転がしながら、うん、と頷いた。
「それよりそっちの銃の方が気になるよ」
「裏では珍しくないもんやけど、このタイミングにあの場所、ちゅーのがな」
 一部不穏な発言をつとめて聞かなかったことにしながら、恭介は頷く。
「奈々子の進路調査票も謎だし…」
「そっちは大将が知っとるんやろ」
「そうなんだけど……」
 グラスを覗き込んで、恭介はじっと考え込んだ。どこまでを繋いで、どこを切り離せばいいのかがいまいち掴めない。情報が断片的なのもあるだろうが、自分が繋ぐべき糸を繋いでいないから全体が見えないような、そんなもどかしさを感じる。
 京香。氷室。諏訪。奈々子。進路調査。奈々子の名前の二重線。銃。数見町。森川。
 得た情報を脳内で順番に並べながら、恭介はふと小さな共通項に気づく。
「その銃のこと、当然警察は知らないんだよな?」
「知らんのんちゃうん? にーさんとこの下っ端が拾って来たん、昨日の晩らしいし」
「その人に話聞けないか? 落ちてた場所が知りたいんだけど」
「そんなん聞いてどうするんや?」
 一口、酒を喉に滑りこませて唇を湿らせると、恭介はぽつりと呟いた。
「進路調査票と、銃。どっちも数見町の路地裏で発見されてる。落ちてた場所が近かったら、もしかしたら同一人物が落としたのかもしれない」
「そういうことか」
 まかしとけ、と呟いて、哲平はドライマティーニのグラスを干した。恭介もゆっくりと残りをあおる。
「結局ネコの方も手がかり無いし…なんだか八方塞がりな気分だよ」
「それは最初からやろ。そもそもなんも起きてないんやから」
「……そう、か」
 グラスを置いて、濡れた手とテーブルを見つめる。
 何も起きていない。果たして、そうなのだろうか。本当はもっと裏で、予想もし得ない何かが動いていないだろうか。
 この数日何度も考えたことをまた思い返しそうになり、恭介は目を閉じた。
 不安も予測も意味はない。ただ冷静に事実だけを追わなければ。

 そのまま深夜まで粘ったが、結局恵美は姿を現さなかった。
 



 



 足音が響き渡る。
 焦った様子のその音は、切らした息を懸命に整えながら、休むことなく走りつづける。

「……ドウシヨウ」

 ぽつりと呟いたその言葉は、闇の中に沈んで落ちた。







――――Next.

 
長い!!


やばい、これ何話行くんだろう……(遠い目)。
皆様、いい加減だれてませんか? 大丈夫ですか? なんか書いてる私がだれそうです。ていうか動かないんだもんみんな。
最終的に一つの形にもっていくことは既に決定しているんですが、なんだかそこに持っていくまでに話がどんどんどんどん大きくなっている…。

いい加減きっちりさせるために、事件性が無いことだけは氷室さんに明言していただきました。でもはっきりしないなあこれじゃ。


私はただ、救いを求めてるだけですー。
微妙にネタバレ?(汗)