その背はとても広く。 そして、小さかった。 Only 「…んじゃ」 「ああ、また夜にな」 笑顔でお互い背を向ける。その夜の約束を交わして。 そのまま身体を翻して、お互い反対方向へ。 数歩進んで、哲平はふと立ち止まった。 振り返り、相棒の背中を目で追う。 まっすぐに前だけを見て、おそらく事件のことでも考えているのだろう、ややおぼつかない足取りで歩む恭介をゆっくりと見送る。 (……後悔、しとうないし) いつでも、出会いと別れは紙一重。 自分が望む望まないに関わらず、 突然に別れはやってくる。 それは失踪、死、そして。 (……裏切り) 唇をかみ締めながら、哲平は恭介の背をじっと見送る。 ここでなにかあって、お互いの存在が喪われないことなんて誰が保証してくれるだろう。 (特に恭ちゃん、なんや事件とかすーぐ巻き込まれるしなあ…) あの背中はつい先日、木原で起きた連続殺人事件を解決したばかり。 たった一人しか救えなかったと悔いていたが、哲平はそれでも充分だと思う。 一人の命を、あの背が救った。 誇っていいはずだ。 なのに彼は。 『…救えなかったよ、俺は。あの人を』 自分の知らないところで解決した事件に、関わっていた恭介はひどく傷ついた。 辿りつくのが遅かったばかりにと悔やみながら、それでも疲れた様にでも笑うその人に、何と声をかけたらいいのだろう。 伸ばしたくなる指先を握り締めてポケットに突っ込むと、哲平は勤めていつもの笑顔を返した。 『…あの娘、ホンマに恭ちゃんに感謝しとったやろ』 『……哲平』 『それでええやん。オレなんか今の恭ちゃん慰めることも出来へんし』 『ばーか……そんなの、気にしなくていいよ』 疲れた笑顔は取り繕ったように。 それでもどこかにまだ、哲平を気遣う様子が見える。 自分など、気遣わなくていい。 辛いときは辛いと叫べばいい。 そう言いたいのに、言葉はどれも上滑りのままで。 『ごめんな、哲平。…愚痴っちゃって』 そう呟く恭介に、それ以上の言葉をかけられなかったことを、どれだけ悔いたか。 多分あの背中は、救えなかった命を全部背負って行くんだろう。 これから起きる事件の中で、出会った人全てを守ろうと。 走って、躓いて、傷つくんだろう。 (……オレは) その背中をじっと追いながら、哲平はあの時と同じように拳を握り締める。 自分のキャパシティは小さすぎて、あの背中のように全ての人を背負うことは出来ない。 だけど、だから。 見送っていた背中が、ふと立ち止まった。 瞠目すると、首を傾げるようにゆっくりと彼が振り向く。 恭介は少しだけ驚いたように目を見張って、それから照れ笑いを浮かべた。 「…何見てんだよ」 「んー、恭ちゃんカッコエエなあと思うて」 「あのなあ…」 「ほら、はよ行き」 「お前だって早く行けよ」 「オレはほら、少しでも長く恭ちゃんを見ときたいねん」 「……殴るぞ」 「ひどい、本気なのに」 恭介は照れ笑いを苦笑に変えて、身体ごと振り向く。 「別れを惜しむにはまだ早いだろ」 心臓が踊った。 「俺達、これからなんだからさ」 握り締めていた指先を解く。 微かに震えている指先でポケットの煙草を探る。 空き箱だったのを思い出して、握りつぶそうとしても巧くいかなくて。 「…そうやな」 返して何とか笑うと、恭介は頷いて手を上げた。 そのままその手をひらひらと振る。 「じゃあ見送っててやるから早く行けよ」 「なんやそれ」 「いいから、ほら」 少し離れた距離。 恭介はじっと哲平を見ている。 優しく、どこか呆れを含んだまなざしで。 その背中に背負われている中に、自分も入っている。 「…ほなら、お言葉に甘えて」 哲平はそう言い置いて、ゆっくりと足先を変える。 どこか照れくさい思いを抱えながら、前を見て目的地へ。 背中に、暖かい存在を感じる。 (…恭介……) 自分には、彼のように、全ての人を背負う人間にはなれない。 …だから。 (…お前だけ背負(しょ)ったる) 大事な人を背負うのが背中ならば。 (…お前だけや) 自分が背負うのは、かの人だけ。 ――――End.
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これも東京遠征前に書いていたものです。 修正や添削が必要な状態でタイムアップだったので、手を入れてから上げようと思っていたのですが…。 正直ちょっとアップに悩みましたです。 でもやりたいことやれば良いですよね。 …好きなことに代わりはないですし。 ご期待に添えない方々いらしたらごめんなさい。 あーせっかくの哲恭物なのに愚痴っぽいコメント済みませんでした!! えっと、本編のコメントへ。 これ、なんか続きそうな気がしません? ……続くかもしれません。 雲の彼方が正統派とすれば、こっちはAnotherかなあ。 あれは本編後が基本ですが、これは本編裏話というか。 あははー………。 こういうの書くの大好きなんです、ごめんなさい。 恭ちゃんは目に入る全て守りたい人ですが、哲平は恭ちゃんが守れればそれで良いんです。 |