注:リクエスト内容からも解る通り、人死に有です。残酷描写もあります。 ハッピーエンドにはどうひっくり返ってもなり得ません。むしろリクエストに輪をかけて酷い展開です。 そういう作品が苦手な方は閲覧をお控え下さい。 あと森川ファンは見ないほうが懸命かも知れません。 ------------------------------------------- その知らせはあまりにあっさりと、俺の元へもたらされた。 真神恭介の、死亡。 言葉にならなかった声全てをのみこんで、俺は。 最後の引き金に、手をかけようとしている。 空 署内が慌ただしい。時折俺の大嫌いな課長の怒号も聞こえる。ここまでの騒ぎになったらマスコミを押さえつけるのも一苦労だろう。 威の奴も面倒くさいことをしてくれた。倉庫ごと爆破なんて何考えてるんだ。限度ってもんがあるだろう。 懐の塊を確認してから、俺は騒ぎになっている署内を大股に歩く。氷室さんを探して、とにかく現場に出なければ。 ……いや、探してる暇はない。どれほどの人間が現場に立ち会ってるのか知らんが、もみ消すものとそうでないものの区別は早くつけないといけない。 早く。 「森川」 駆け出そうとしたところで腕に抵抗を感じて振り返る。いつもの昼行灯な顔を消し去って、酷く緊張した表情を浮かべた氷室さんが、俺の右肘あたりを掴んでいた。 「すみません、先に行ったんだと思って、今から向かおうと…」 「森川」 重ねられた名前に制止の意図を感じて、俺は沈黙すると身体ごと振り返る。 「相棒の電話番号知ってるか」 「あいぼう…?」 「白石の坊主だ」 …ああ、そうか。 そういえばあいつは倉庫に行ったんだろうか。口を封じるなら、あいつのことも……。 「いえ……知りません」 首を振る。いつも感情的に先走る自分の思考が、酷く鈍重なせいで冷静に感じる。 氷室さんは硬い表情のままそうか、と頷いて手を離す。 「気になりますか」 「…現場から出たのは小僧の遺留品だけらしいからな」 『遺留品』 その言葉に、足元にわだかまっていた血が、ざあ、と音を立てて上がってきた。 そうだ、……死んだ。 あの生意気な探偵は、もう、この世には、 いない。 そこからしばらくは、よく、覚えていない。 チンピラの連絡先は以前の調書から押さえることにしたような気がする。 気が付けば俺は現場に立っていた。 探偵はもう運ばれた後だったらしく、その痕跡はあまりない。 現場は無残なものだった。元倉庫はどんな火薬を使ったのか知らんが原形を留めることなく破壊しつくされていて、万に一つも生存の可能性はないように感じた。 そこにあるのは破壊と死の匂い。 …すっかり染まってしまったはずなのに、今日だけはひどく、その中に入るのが躊躇われた。 死んだ。 現実味が、まるでなかった。 …良かったじゃないか。あいつは「居るべきではない存在」だった。 パーツの誰もが気にも留めなかった。けれど間近でその存在を感じていた俺は、いずれ、こいつが脅威になるだろうという予感がしていた。 放っておけば何かをしでかす。 だからこそ、威が興味を示したと聞いた時に、こうなるのを期待していたのじゃなかったか。 ……それとも。 俺はあいつなら、威が相手でも生き延びるだろうと、心のどこかで思っていたのだろうか。 「森川、来たぞ」 氷室さんの声に振り向く。 呆然と立ち尽くしているチンピラと目が合う。 感情が出てこない。ただ冷静にこの場を分析している自分と、それを更に横から見ている自分。 「…どない、してんや、これ」 「……」 「恭介どこや」 「もう居ない」 「どこや、っちゅーとるやろ…!」 チンピラの眉がきつく寄せられる。 ああ、そうだ。こいつも放っておけばきっと何かに気づく。 この事件は事故として強引にでも処理されるだろう。きっとこいつは納得なんてしない。踏み込んだ分、後には引き返せないことは俺が誰より知っている。 そうすればきっといつか、こいつは辿り着く。 それだけは避けなければならない。それだけは。それだけは。 それだけは。 乾いた音、硝煙の匂い、それから幾つもの怒号を、俺が知覚するまでには数秒かかった。 懐にあるはずの鉄の塊。 それを右手に握り締めている。 目の前で不快なほどに俺を怒鳴りつけていたチンピラの声が聞こえない。 何だ? 代わりに、俺を押さえつけようとたくさんの腕が伸びてくる。 何だ? 鉄の塊を握り締めたまま逃れる。走り出す前にチンピラの立っていた場所を振り向く。 押さえているのは、肩か。 外したんだ。一撃で殺さなければ意味がない。自分に肉薄されては意味がない。 何だ。意味がない? 何が。何を。 俺は今、何をしているんだ? めちゃくちゃに走って、何度も狭い路地を曲がって、怒号も遠くなる。 ここは慣れていない人間は、裏に入ってしまえばもう解らなくなるほど入り組んでいると聞いた。 俺自身もそう簡単に脱出できるとは思えないが、今を凌ぐには必要だ。 凌ぐ。何故。 「……な、んで」 声が、出た。 自分の息が荒くなっているのがようやく認識される。掌に張り付いた鉄の塊。鈍い。重い。 硝煙の匂い。 「それはこっちが聞きたいわ」 振り向けば、また、チンピラ。 肩を押さえて息をしている。同じように荒い息。指の間から滴る赤い色。地面に落ちる滴。 ああ、やはりそうだ。こいつは追ってくる。どこまでも追ってくる。 探偵と一緒だ。 「…お前がなんでオレ撃つんやとか…さっぱり訳が分からんけどな、お陰で上った血が戻ってきたわ」 「……」 「…オレが恭介殺したようなもんやから、オレがこの手で仇取る」 「………」 「なんか知っとるんやろ。…聞くまで引かん。ここでお前逃がしたらもう、会えんなる気ぃするからな」 うるさい、黙れ。 ここでお前の相手をしている暇はない。 『もう一度、引けばいいんですよ』 背筋を寒気が駆け抜けた。 今、ここで、聞こえるはずのない声に、俺は今更我に返る。 俺は何をしている。 公衆の面前で発砲して、しかも相手はチンピラで、挙げ句その場から逃げ出して。 「……は、はは、っ」 そうか。 …あの威が、何の準備もせずにこれだけのでかい「事故」を企むわけがない。 そうだ、全部、氷室さんやチンピラや、俺の感情すら、あの男には計算済みだったわけだ。 そう、あの男のせいだ。全部。全部。全部。 「一つだけなら教えてやるよ、チンピラ」 「……?」 眉を寄せるチンピラを見据え、ゆっくりと俺は、「目標」に向かって照準を定める。 「俺は真神恭介が、今でも、大嫌いだ」 その一言と共に、引き金を引き絞った。 「森川!!」 「…っ、3号!?」 怒号。悲鳴。俺のものより僅かに遅れた銃声。 …遅いですよ、氷室さん。 自らのこめかみに押し当てていた銃口が、ゆっくりと離れていくのを感じる。 ざまあみろ、威。 俺は探偵が大嫌いだ。今でも、これからもな。 けど、だからってお前の掌で踊り続けるのはもっと嫌なんだよ。 「…それも私の計画通りなのですけどねえ」 失われる意識の向こうで、あの冷たい瞳が唇の端をゆったりと持ち上げるのが、見えた、気がした。 ――――End.
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すいません。 森川視点の感情しか描かなかったので、一応威視点を補足。 威はですね、恭ちゃん事故をよりカムフラージュするために森川を利用した感じです。 事故現場で警官が一般市民を撃つなんて事件になれば、マスコミ的にはイコール警官が犯人説に結び付けて報道しがちですからね。 更にその犯人が自殺してれば真相は闇の中。警察内部にはパーツの仕込み済み。良いこと尽くめです。 森川は哲平を殺し損ねてますが、威は放置じゃないかな。哲平にとっては悔しいでしょうけど、威にとって哲平は眼中ないですからね。このルートでは多分、そこまでたどり着くことなく終わるかなと。所長が戻ってきたら話は違うでしょうが…。 はい妄想おしまい!! |