夏が嫌いになるなんて思うとらんかった。
 
 感慨にふけるの、らしゅうないとは思う。
 


 ずっと近寄れんかったけど。
 それでも今日だけはどうしても、ここに来とうて。




 
 埠頭の、あの倉庫の前に立って。
 恭介と話した場所、ぼんやり眺めながら。
 
 
 降ってきた雨、見て。
 一年前の今日、ここで見つけたあいつを。
 
 ただじっと、思うとった。
 
 
 
 
 


 散歩、雨宿り、傘、笑顔
  -Side T-





 雨に降られてばたばたと駆け込んできた子は、ランドセルしょった女の子やった。
 ……そりゃないやろ、ここ抜けたらすぐ浜やで。
 よりによって小学生やなんて、場違いもええとこや。
 


「……こんな遅うにこんな所で何しとん」
 珍しゅうて思わずそう話しかけてしもうたら、その子はきょとんとしてこっち見た。
 びっくり顔にオレもびっくりする。な、なんか変なこと言うたかな。
 恭ちゃんがいっつもこういう時声かけるんで、オレにも大分その癖うつってきとるみたいやけど…。
 

「……あたしお兄さんのこと知ってますか?」
 

 言われて、あ、そうか思うた。
 自分見下ろして笑う。
「あー。最近一人でウロウロせんから忘れとったわ。ごめんなー」
 このナリ、小学生にはちょお刺激強いわな。
 謝ったら、ますます訳わからん言う顔でこっち見てきた。
 …オレ、どんな風に見られとんやろ。
 ちょっと話し掛けたこと後悔したけど、もう手後れやし。
 このへん危ないし。
 大体小学生言うたら夕方には家に帰っとるもんやないか?
「や、でもこんなとこ女の子が一人で歩くもんやないで? こんな遅うに」
 そう言ってその子の方見たら、はっとしたように目を見開いて、それから叱られて落ち込んだみたいに少し俯いた。
 
 
 ……あ、あかん。
 もしかしてオレ、完璧怖い人になっとる!?
 
 
 ガキ泣かせたなんてハクにもなんにもならんって! むしろ、恭ちゃんに怒られる!
 そう思うて慌てて弁解しようと口開いたら、その前にその子が声上げた。



「散歩…してたの」 

 
 
 その言葉に、一瞬息が止まる。

「……散歩?」

 返した声はちょっとだけ高うて、オレは自分の声にびっくりした。
 
 
 
 



 散歩、て。



 
 
 
 
 倉庫の軒下。
 雨。
 傘持っとらん、散歩中の女。
 


 

 
 
 …いや、あれは嘘や。

 オレら騙すため。情報取るため。あいつらがでっち上げた、嘘。
 


 
 
 ……せやけど。
 
 


 
 暗うて冷たいもんが、じわあっと沸き上がってくるんが分かる。



 

 
 あかん、ちゃう。考えんな。
 もう、おらへん。もう、昔や。
 もう……関係、あらへん。



 もう、ここはただの、港でしかないはずや。
 
 








 
「そやかてもう遅いで。ええかげん帰りや」
 何とか笑うてそう言うたら、その子が困った顔でこっち見て。
「でも、雨…」
 言いながら、軒先見上げた。
 

 ああ、そうか。
 ……雨、やったな。
 



 
 
 オレはゆっくり息ついて。
 
 多分あいつなら言うたろう言葉、言うてみた。
 



「……オレが傘持っとったらあげたんやけど」
 
 
 
 
 
 ぽかんとした女の子が、こっち見た。
 ……似合わん、思われたかな、やっぱ。

 苦笑したら、ちょっとだけ申し訳なさそうな顔してて。
 何や、頭ええ子やなあ、って思うて、空見る。
 すでに暗いんもあるけど、どんより曇っとって雨は全然止むような気ぃせえへん。

 電話、あるし。
 多分恭ちゃんにかけたら傘の一つぐらい持ってきてくれるんやろけど。
 こんなことでかけるんも悪うて、なんとなくここに来させるんも嫌で。


 …オレが何しに来たんかすぐバレそうで。


 それだけの理由で、動けんままぼーっと空眺めて。
 
 
 

「雨、やまへんね」


 
 
 間を持たせよう思うて出来るだけ頑張って優しい声出してみたけど、やっぱ怖がられたんかなあ。
 その子慌てたような声出して。
 それから少し沈黙して、同じように、空見た。
 
 
 



 
 変な感じや。
 オレみたいなんと、小学生。
 二人でぼーっと、雨の空見上げて。



 なんとはなしに、その子見た。

 落ちついた感じが、小学生らしないなって思うて。
 
 
 
 ふ、と。
 いきなり。
 横顔がダブった。



 
 散歩中の、女。
 雨宿りしとる、女。
 



 ……もうとどかへん、たった一人の仇。



 
 
 ……あかん、またや。
 オレは首振って、何とかその考え振り落とそうとする。

 
 
「あ」
「ん?」
 
 
 
 いきなり声上げたその子が、手に持っとった鞄ごそごそして、一本のオレンジ色の。
 



 傘。

 

 ……ああ。




 傘、あるんや。




「なんや、傘持っとるやん」
 無意識に、そんな言葉が出てきた。





 ……そうや、この子は、あの子やない。





 何考えとったんやろ。

 オレは傘持っとらんし。
 この子は、傘を持っとる。

 オレはあいつやないし。
 この子は、あの子やない。

 どっちも、もう今はおらん。



 そんで、もともと全部嘘やった。
 

 
 ここで、本当にあったんは。
 思い出したくもない、一つの結末だけで。
 
 
 そんな想像にこんな小さい子巻き込むんは、ちゃう。
 






 
「はよ帰りやー」
 笑いながらそんな事を言うてみる。
 困ったように傘とオレとを見比べてたその子は、すぐに傘に視線戻した。
 

 うん、それでええ。
 
 
 そう思うて視線落としかけたら、がばっと顔上げたその子がとびかかるようにこっち向いて。
 ……正直ちょっと、ビビった。
 


「あっ、あのっ! 入っていきませんかっ!」
 
 
 

 
 うわ。




 ……どないしょ、恭ちゃん。
 オレ小学生にナンパされてもうたわ。
 
 
 
 
 恭ちゃんならともかく、オレがっちゅうのが無性に笑えて。
 ここで笑うたらこの子、怒るんやろなあとは思うたけど。
 堪えきれずに、吹き出した。
 
 
 
 
 
「わ、笑うことないじゃないですかっ!」
 
 
 
 
 その子が、真っ赤になって喚いてくる。
 頑張って笑い堪えようとしたけどなかなか収まらんかって、謝りながらようよう引っ込めたら、その子は膨れっ面でこっち見とった。
「ええねん、オレあかんかったら走って帰るし、携帯あるから人呼べるし。気にせんと帰りや」
 オレの言葉にびっくりしたその子は、一瞬迷った様やったけど、結局小さく頷く。
 素直やなあって思いながら、もういっこ言うとかなあかんこと思い出した。
 



 心配してくれたんは分かっとる。
 でもな。

「それから、やっぱりこの辺は通ったらあかんで? 会うたのがオレやからええけど、こわーいお兄さんがぎょうさんおるからな」

 オレやからええ、っちゅー台詞もなんか笑えた。
 こんなん、ちょい前のオレやったら絶対言わへんわ。


 
 
「はい」 
 それでもその子が頷いてくれたんがなんか嬉しゅうて。
 やっと、まともに笑えた気がした。



「あ」


 そこに、いきなり携帯光りだして、ビビって思わず声上げた。
 画面には恭ちゃんの事務所の番号がうつっとる。
 ……オレ、大将とかとなんか約束しとったかなあ。
 はよ帰れ、っつー意味込めてその子に手ぇ振ったりながら、電話に出る。
「もしもしー」
『哲平?』
「あ、恭ちゃんやん。事務所からかけとるん?」
 珍しいな思うてそう聞いたら、気まずそうな声が返ってきた。
『いや、携帯充電し忘れてて……』
 ……うわ。なんやそれ。
 ………めっちゃ、恭ちゃんらしい。
『笑うな! それよりお前どこにいるんだ?』
 多分笑いかけたん分かったんやろう、恭ちゃんの釘差しになんとか爆笑こらえたけど、多分バレバレなんやろうなあ。
「オレ? 今? 埠頭の…」
『埠頭? ……あの倉庫の?』
「うん、そこ」
『……お前』
 すぅ、って恭ちゃんの声が落ちた。
 …やっぱバレたか。
『……』
 ふう、ってため息が聞こえて、それからちょい待っても返事返らんかって。
「あんなあ」
 ため息はないやろ、そう続けようとしたオレの言葉、遮るように恭ちゃんが声上げた。
『何してるんだよ、そこで』
 
 
 
 ……何、て。
 
 
「今?」
 声、乾いてないか確かめるように、一度ゆっくり吐き出す。
 恭ちゃんは答えんかった。オレは一度頷いて息つく。
 別に黙っとかんでもええけど、何とはなしに正直に言いたなくて。
 直接、言いたのうて。



「小学生にナンパされとったー」
 ごまかしたら。
『はあ!?』
 素っ頓狂な声、返ってきた。
 

 
 傘広げて歩き始めとったその子が、すごい勢いで振り向いたん分かったけど。
 オレは笑いながら、うん、ナンパーとか言うとって。
 
 じっとすごい顔でこっち見てたその子も、しばらくして諦めたように、向こう向いて歩き出した。
 
 

 
 
 

『お前そこまで許容範囲広かったのか…』
「違うて! 向こうからナンパしてきたんやもん。心配せんでも丁重にお断りしたから安心しいや」
『……その子の未来が閉ざされなくて俺も嬉しいよ』
「コラ、どういう意味やねんそれ」
『そのままの意味……いや、そうじゃない。混ぜ返すなよ』
「ほんまのことやのにー」
『だから混ぜ返すなって。……なあ、哲平』

 
 
 
 恭ちゃんの声のトーン、またすぅって落ちて。





『一人で行くなよ。俺だって、謝りたいことも言いたい事もいっぱいあるんだからさ』





 …あほやな、恭ちゃん。
 謝ることなんてなんもあらへんのに。

 恭ちゃんはちゃんと、あのいまいましい中国人片付けて、仇とってくれたやん。







 ……せやけど。






「恭ちゃん、傘持ってきてー」



 その言葉めっちゃ、嬉しいから。
 届くかわからへんけど、それでも聞かせてやりたい思うたから。



 誤魔化すようにそう言うたら、もっかいため息が受話器の向こうから聞こえて。




『……甘えるなよ』


 苦笑しながら、そんでも待ってろと言って、電話切れた。
 あ、結局何の用だったか聞いてへんわ。


 まあ、ええか。
 着いたら聞いたらええ。
 あいつに言いたいこと、オレも恭ちゃんもいっぱいあるから。
 ちょっとじゃ語りつくせんやろし。


 終話ボタン押して、顔上げる。
 もうだいぶ離れたオレンジの傘が、めっちゃ場違いに明るうて。

 …違うんやけど。
 ホンマに、違うんやけど。

 さっぱり似とらんし、そもそも傘なんてもっとらんかったんやけど。







 何となく目が、離せんくて。

 赤いランドセルにオレンジの傘、じっと眺めとったら。






 その子が振り向いて、ちょっとだけ。
 困ったように、笑うた。












――――End.

 
哲平サイドですー。
コレだけのことがあの裏に隠れてました。
隠れ過ぎです。


雨、って、結構キィワードですよね、このゲームでは。
扱う時はいつも緊張します。

女の子の扱いに、無自覚に困っている哲平。


いや、ほんま困ってるよなあー(苦笑)。