紫煙を吹き上げると、あの時に戻れるような気がした。







 17:取調室





「……相変わらず俺たちはここに通されるんですね」
 目の前の青年が諦めたように肩を竦めるのを見て、氷室は唇の端を持ち上げた。
「お前さんたち、ここが似合ってるからな」
「似合いたくなんて無いですよ」
「恭ちゃんはここの常連やけど、オレはちゃうで。…別んとこなら常連やったけど」
 同時にそれぞれの否定が降り注いで、そのらしさに笑う代わりに、火をつけた煙草を口に運ぶ。
 もう一つ飛んでくる声を、空耳と分かっていても楽しみながら。


『お前たちの行動が怪しすぎるからだっ! また何かたくらんでるんだろう!』


 聞こえないはずのその声は、目の前の彼らと同じようにこの場所にすっかり馴染んでいる。






「……で?」
「あ、はい……」
 いつもの調子で振られた会話に答えようとした恭介が、ふと口篭もって視線をずらした。
 見れば横に座っている哲平も、同じ所を見ている。
 氷室の左隣。斜め前の、やや高めの目線。
「……聞こえた?」
 苦笑とともに口内から煙を追い出して、氷室は笑みを見せた。
 恭介と哲平が同時にうなずく。
「……聞こえました」
「ばっちりな」
 喉の奥で笑って、氷室は自分の左斜め前を見やる。
「なんて?」
「……怪しすぎる、また何かたくらんでるんだろうって」
 あまりに一字一句同じ台詞に、思わず煙草から灰を落としそうになった。
 灰皿に手を伸ばしつつ、氷室はぽつりと恭介に教えてやる。
「…おんなじ」
「え?」
「おじさんにも同じ台詞が聞こえた」
 煙草をもみ消しながらにやりと笑う氷室に、哲平は爆笑を、恭介は困り顔を返した。
「恭ちゃん好かれてんなー。おっさんと同じ台詞やって」
 ようやく笑いの収まった哲平が、恭介の方を叩きながら楽しそうにからかうと、更に恭介の眉間のしわが増える。
「嫌なこと言うなよ」
「だってオレには違う風に聞こえたし」
「……怖いけど聞いてやる。あいつ何だって?」
 唇の端を持ち上げて、哲平は笑う。
 そのまま大きく息を吸い込んで、物まねをするかのごとく机を片手で叩いて立ちあがった。


「だったら今すぐ帰れ!」


「……お前は好かれて無いみたいだな」
 何事も無かったかのように着席する哲平を見て、恭介はぽつりと呟く。
「言うたやろ。恭ちゃんは好かれてるんやって」
 言い終えた後また爆笑する哲平。
 ツボに入ったらしいその姿にあきれた視線を投げつつも小突くことで黙らせて、恭介は氷室に向き直る。
「すみません」
「…ん」
 氷室は次の煙草に火をつけた。
「あいつ…やっぱりお前さんが好きだよ」
「氷室さんまで嫌なこと言わないでくださいよ」
「でもなあ……」
 言いながら吸い込んだ紫煙を吐き出して、天井へ昇っていくそれを見送る。


「お前さんたちとここにいると、戻ってくる気がするんだよなあ…」





 紫煙を吹き上げると、あの時に戻れるような気がした。
 掠れて消えていくその煙を三人揃って見送る。


 その紫煙が空気に溶け消える時、今度は三人揃って同じ台詞を聞いた。






『こんなヤツ好きなんかじゃないっ!!』





 嫌そうにしかめられた眉と、怒鳴り声のオプション付きで。






――――End.

 
森川ネタは難しいなあ…。
しかし書いてて楽しいなあ…。
そしてちょっぴり切ないなあ……。

そして氷室さんは別人だなあ………。

短くてごめんなさい。
こんなん書いて「煙草」のお題どうする気ですか私(知りません)。