■奈々子と京香さんに話しかける





「結構明るくなってきましたね」
「そうね。もうすぐかしら?」
 奈々子を支えながら、京香さんが俺の質問に頷いてくれる。そうしてるうちにも奈々子はどんどんと身を乗り出して……って、こら!
「奈々子ちゃん、危ないわ。もうちょっと後ろに下がって、ね」
「えー、大丈夫だよ。京香さんもおいでよ、ほら」
 ちょうどスカイラインみたいに山の側面を走ってる細い道路から、奈々子は既に身体半分以上乗り出している。それを止めようとしてる京香さんも危なっかしくて、思わず手を出した。
「奈々子、京香さんまで落ちるだろ。京香さんも、俺が押さえておきますからこっち戻ってください」
 言いながら奈々子の腕を左手で掴んで引き戻して、京香さんに右手を差し出す。つられて同じぐらい乗り出していた京香さんも、バランスを崩さないようにしながらどうにか戻ってきた。
「ごめんなさいね、真神くん」
「いえ。奈々子、そんなに乗り出さなくても見えるから、焦るなよ」
「落ちたくらいじゃ死なないって。見習い、心配性ー」
 …いやこれ、普通に落ちたら死ぬ高さなんだけど…。
「ねー、見習いは初日の出見たことあるの?」
 納得したのか意識の矛先が切り替わったのか、奈々子は少し身を乗り出すのをやめて俺のほうを見てくる。
「見るのは初めてかな」
「そうなの? こういうのに興味なかったのかしら?」
「いえ、機会が無かっただけなんですけどね」
 言いながら東の空に目をやると、遠く見える山際が赤く染まり始めていた。
 空は怖いぐらいに晴れてて、雲なんて数えるほどしかない。初めての初日の出でこれだけ綺麗に見えるって、もしかして運がいいんじゃないか?
 …ここで使い果たした、なんて事にならなきゃいいけど。
「今年は見習い、名探偵になれるといいねー。あ、初日の出にお願いしてあげよっか」
 言うやいなや、ぱんぱんと手を叩く奈々子に、京香さんが吹き出す。
「奈々子ちゃん、まだ上がってないわよ」
「えー。でもすっごい赤いよ、ほら」
 …ああ、ほんとだ。
 山際だけじゃなく、側にある雲やその周りの空の色さえ朱に染まってる。
「綺麗ね…」
 その言葉以外に、この景色を表現する方法なんて無いのかもしれない。
 そう思えるぐらいに、それは綺麗で…眩しくて。
「ねえ、真神くん」
 京香さんの声に、視線を戻す。
「今年は、いい年になるかしら」
「…そうですね」
 その視線は陽気にはしゃぐ奈々子に、それから向こうで煙草をふかしている二人に。そしてちらっとだけ、車の方にも向けられた。
 …ツッコみたいけど、やめとこう…。
「去年は、すごく忙しない一年だったけど…ふふ、真神くんと半年も一緒に居なかったなんて、嘘みたい」
「…言われてみれば、そうですよね」
 俺がこっちに越してきたのが夏前だったから…そうだよな。
「本当はね、わたし、ちょっと不安だったの」
 少しだけ眉を寄せて、京香さんは奈々子に戻していた視線を俺に向けてくる。
「このまま、幸せに年を越してもいいのかな、って」
 ……その気持ちは、判らないわけじゃないけど。
 俺が答えに困ってると、京香さんはその先を笑って告げる。
「判ってるわ。わたしたちはいろんな人に助けられて、今ここに居るのよね。その人達にお礼を言いたいなら、笑ってなくちゃいけない。…それが、その人達の願いなんだから」
「そうですね。俺達が弱音を吐いてたら…きっと、心配どころか怒りそうな奴もいますし」
「…うん」
 京香さんが困ってるとことか見ると、たまに幻聴まで聞こえるんだよな。…いいかげん諦めて…じゃなくて信用してくれてもいいのに。


 あいつを筆頭に…俺は多分、いろんな人から、好意だけじゃなくて恨みや妬みももらってると思う。
 深刻なものじゃなくても、逆恨みとかじゃなくても。
 これは自分を過小評価とかしてるんじゃなくて、純粋にそう思うんだ。
 誰からも好かれる人間はいないし、誰からも嫌われる人間も…いないんだろう、って。



 でも、俺は。



「…京香さん、俺は…変わりませんよ」
 決意を込めて呟いた一言に、京香さんが目を見開いた。
「……真神くん」
「俺は、このまま…俺のままですから」

 何年たっても、きっと俺は変わらないと思う。
「……そうね」
 経験して、学習して、今より大人になったとしても。
「だから、俺はいつでも前を見てます。…俺が、見てますから」
「…うん」
「京香さんは…京香さんが思うように、生きて下さい」
 きっと、この本質だけは変わらない。


「あーっ! ねえねえ、見て見てーっ!」


 突然、奈々子の声が耳に届いた。



■顔を上げる









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