■所長と哲平に話しかける 何となく女性陣に近づくのは躊躇われて、向こうの方でこっちに背を向けて煙草を吸ってる二人に近づく。 多分、煙が来ないように向きを調節してるんだろうけど…何も背中向けること無いのにな。 「…で、どうだ。具合は」 「まだ包帯は取れてへんのですけど…大分、良うなりました」 「ま、撃たれたぐらいで死ぬような人じゃないとは思うがな。…そうか、なら、いいんだ」 …ご隠居の話か。 少しトーンの下がった所長の声に一瞬声をかけるのを躊躇ったけど、このままだと盗み聞きになっちゃうし…。 「哲平」 とりあえず哲平の肩を叩いたら、首だけ回して哲平が笑う。 「お、恭ちゃん。なんや、混ざりたいんか?」 「煙草は吸えないけどね。所長、お邪魔します」 「邪魔ってことはないが…仲いいんだな」 「はあ?」 「へ?」 ……まさか所長にそんな事言われるとは思ってなかった。 思わず同時に間抜けな声を返すと、煙草をくわえたまま所長が吹き出す。 「まあ気にすんな。仲良いのはいいことだぜ、本当に」 背中を叩かれて、哲平が渋い顔をしてる。…痛いんだな、多分。 「まあ…悪くはないですね」 「うわっ、恭ちゃんひどっ! 親友やろオレら、なあ」 言いながら、所長の腕から逃れるようにして肩を組んでくる。 「初対面から、一方的にな」 その時から多分、レールは敷かれてたんだろうけど。 笑いながら言った俺の言葉を汲み取ったのか、少しだけ情けない顔をした哲平がすぐに笑顔になる。…こういう聡いところも、当時はわからなかったけど。 「ワトスン君は、ホームズ読んだことあるか?」 唐突に、所長が変な話を切り出した。 「……椅子に座って推理する言うのしか…」 「要するに読んだことは無いんだな」 「はあ、まあ」 曖昧に頷く哲平に、煙草を携帯灰皿に落としこみながら向き直る。 …なんでいきなり。 「一度、あのシリーズは終わってるんだ。たった一人で宿敵と対決したホームズが、その宿敵と一緒に滝から落ちる、っていうラストでな」 「…」 哲平の顔が、すっと引き締まった。俺の肩に乗ってる腕にも力が入る。 「結局ホームズは生きてるんだが、ずっと助手やってたワトスンにはその事実を知らせなかった。…対決にも連れては行かなかったしな」 「…そんで?」 「……読み誤るなよ。誤れば、そうなる」 …変な例えだけど、所長の言いたい事はわかる。 俺への釘さしと、哲平への警告なんだろう、って。 ……でもそんな話、なにも俺のいるところでしなくても……。 「っ」 哲平の腕に一瞬跡が残りそうなほどの力がこもってから、すぐに離れた。 重みを感じていた首筋が、少し寒い。 「こないだの事件の最後、そうなっとったかもしれん…」 「そういうことだな。…あるいは、もっと」 だからそういう話、本人の前でしなくても…。 「真神、お前人事みたいな顔してるが、逆もだからな」 「…え」 「お前も、ワトスンを読み誤るな、って事だ」 次の煙草を咥えて、所長がす、と笑顔になる。 「俺は、出してたかもしれない救援信号を見落としちまったからな」 …諏訪さん…。 所長は黙って、煙草に火をつける。哲平も俺もその言葉の重みが痛いほど判るから、すぐに次の言葉が出ない。 簡単に裏切りとかじゃなくて、もっと複雑に絡み合った色々な感情が、所長にはあって。 俺と哲平がこうして友人だとか親友だとか言ってるような時間が、所長と諏訪さんにも多分…あったんだろうから。 「……哲平」 そしてこいつは感情に任せて暴走するし、俺はあまり自分から自分のことを話さないしで、良く考えたら踏んじゃいけない地雷だらけ。 「…おう」 でも。 「今年も、一年よろしくな」 そう言って、手を差し出す。 …自惚れかもしれないけど、きっと大丈夫だって思う。 お前が俺を見て、俺がお前を見てる間はきっと。 誰一人置いていったりはしないから。 「…恭ちゃんってばーぁ」 ふざけて笑いながら、哲平は手を差し出して、握ろうとして。 ふと、その手が止まる。 「どうせなら、こっちがええなー」 言いながら笑ってみせた哲平の掌は、顔の横あたりでこっちを向いてる。 …あ、そっか。 軽い音と共に打ち合わされた掌に、所長の笑い声が被さった。 「あー、余計な口出しして悪かったな。お前らなら大丈夫か」 「いえ、その…ありがとうございます」 経験とかから生まれる不安は、俺にもあるし…それを言葉で伝えるのが難しいのも、多分知ってる。 多分っていうのは…あまり口にしたことが無いからなんだけど。 「ま、何とかやっていくさ。俺も、お前らも…な」 「…所長」 何か言葉を伝えようとして口を開いて、結局閉ざす。 …うまい言葉って、見つからないもんなんだな…。 「あーっ! ねえねえ、見て見てーっ!」 突然、奈々子の声が耳に届いた。 ■顔を上げる ――――Next.
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