■車に乗りこんで成美さんと話す 「…成美さん?」 助手席のドアを開けて話しかけると、後部座席に座ってた成美さんからぎろ、と睨む視線。 「寒い」 「うわっ、は、はいっ」 慌てて一度ドアを閉めて、ふとエンジンがかかってないことに気づいた。 …いくら車の中って言っても、暖房なかったら外とあまり変わらないんじゃないかな…。 運転席のドアを開けて中に滑り込んで、サイドブレーキとギアを確認して、エンジンをかけて暖房を入れる。 温まってきた頃に、後ろからふう、と息が漏れた。 「暖房の入れ方、わからなかったのよね。たまには気が利くじゃない」 「成美さん、車の運転には興味なさそうですもんね」 「免許も取りに行けないしね」 …あ。そうか。 今は夜間コースもあるだろうけど、それでも取りにくいのは事実だと思う。…それに、成美さんってなんとなく人に大人しく教わってるイメージがないんだけど…。 「…ねえ恭介、初日の出まだぁ?」 「えっ、えーと…ま、まだみたいですけど」 外を見ると、奈々子はまだはしゃいでるけど、太陽が出たような様子はない。 「みたいって何よ。頼りないわねえ」 「だって、初日の出見るの初めてなんですよ」 「あら、奇遇ねえ。あたしも初めてよ」 言葉に、ルームミラー越しに成美さんを見る。いつもよりも少し穏やかな表情で、成美さんは外を見ていた。 ……今なら、聞けるかな。 「成美さん、どうしていきなり初日の出見たいって言い出したんですか?」 話が持ち上がったときからずっと不思議に思ってたことを口にする。上着をかきあわせるようにして座っていた成美さんは、ふっと前を向いた。 ミラー越しに、目が合う。 「あんたに見せたかったのよ、恭介」 「お…俺に?」 今まで見れなかったから見たかったのかと単純に考えていたから、思わずひっくり返った声を出す。 「そーよ、あんたに」 成美さんは落ちついた様子で笑っていて、からかうためとか誤魔化すための嘘にも思えない。 じゃあ、俺に見せたかったっていうのは本当なんだろうけど…どうして? 「あー、それにしても寒いわねえ」 車の中で暖房も効いてるのに、それはないんじゃないかな…。 …いや、そうじゃなくて。 「どこに居ても寒いのは一緒みたいね。…恭介、エンジン止めて」 「え。あ…はい」 言われるままにキーをひねってエンジンを止めると、成美さんは横に転がっていた上着やらをかき集めて車の外に出る。慌ててもう一度サイドブレーキだけ確認して、俺も車を降りた。 「成美さん?」 「…うー、やっぱ寒い…」 車の側に立ったまま、じっと東の空を見ている成美さんの隣に立ってみる。 …車の中のほうが絶対、暖かいと思うんだけど…。 「あんたは前を向いてなさい」 「…え?」 言った当人の成美さんが、まっすぐに前だけを見ている。俺が向けた視線に多分気づいてるんだろうけど、それにも答えずに。 「あたしは立てるわ。夜明けだって迎えられる。もう、光を怖がるだけじゃない、受け入れられる」 「……」 「一緒に夜明けを見れるあんたにも会えた」 こちらは一度も見ないで、前だけ見据える成美さんは…姉びいきじゃないけど、綺麗だと思う。 …どこか、母さんみたいな懐かしさがあるって…言ったら怒られるかなあ…。 「だから、あんたは前を向いてなさい。…あたしは後ろで見ててあげるから」 「…後ろなんですか?」 「はぁ?」 思わず口を挟んだら、眉を寄せた成美さんがこっちを見た。 うわ、また…やったかな…。 「いえ、その……後ろじゃなくて、隣じゃ駄目なのかな、と…思って」 「………あんた馬鹿ねえ」 たっぷり1秒は溜めて、成美さんはあきれたようにため息と罵倒を口から吐き出す。 「隣はあたしじゃなくて、あんたの特別な人の為に取っておきなさい」 「特別…」 「そ、あんたが肩を並べて歩けるのは、一人だけなのよ。その人の為にもしっかりしなさい」 言い切って、また成美さんは前を向いた。 綺麗だって思えた理由も、母さんみたいだって思った理由も、なんとなく判った気がする。 「…ありがとうございます」 「何、お礼なんて言ってんのよ。こんな話をするのは今日だけだからね」 成美さんの顔が赤いのは…日の出前の光のせい、ってことにしておこう。 …そうしないとまた、夜が怖い気がするし。 「あーっ! ねえねえ、見て見てーっ!」 突然、奈々子の声が耳に届いた。 ■顔を上げる ――――Next.
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